ウクライナ侵攻を止める手立てを見いだせず、執拗かつ容赦ないロシアの攻撃が国際秩序を破壊する中、欧州では終戦後もロシアの脅威が継続するとの危機感から、ウクライナを巡る安全保障の議論が始まった。北大西洋条約機構(NATO)のストルテンベルグ事務総長は1日、「ウクライナの安全を将来にわたって保証する信頼できる取り決めをしなければならない」と述べ、NATOは新な安全保障協定の策定により、ウクライナの“安全”を保証する案の議論に入ることを決めた。
日本経済新聞・本社コメンテーターの秋田浩之氏は、5月中旬、エストニアの首都タリンで開催された、世界の安全保障情勢を論議する「レナート・メリー会議」に出席した。秋田氏によれば、「侵略が失敗しても、プーチン大統領はウクライナ支配を諦めない」という前提で、議論が進められていた。バルト三国の1国であるラトビアのカリンシュ首相は席上、「欧州に恒久的な平和をもたらすにはロシアを徹底的に敗北させ、1945年以降のドイツのような内部変化を起こすしかない」と述べ、「長い将来にわたりロシアの脅威を封じ込め、抑止する政策が必要になる」と訴えた。
■悲劇再来に警戒感“ロシア脅威”歴史が物語るバルト三国の痛苦
ロシアの軍事的脅威に向き合う近隣のバルト三国は、ウクライナ侵攻が終えた後も、ロシアの脅威が継続し、攻撃が自国に及ぶという危機感を強く抱いている。その背景には、帝政ロシアとソ連の支配下に置かれるなど苦難の歴史を辿った経緯があるとされている。バルト三国は、ヨーロッパ北東部のバルト海沿岸に位置し、北からエストニア、ラトビア、リトアニアと並ぶ国々を指している。その近代は、大国ロシアとの戦いの歴史だった。
独立国だったバルト三国は、18世紀末までに、次々と帝政ロシアの支配下に置かれた。ロシア革命後の1918年、各国が独立を果たすも、独ソ不可侵条約の締結時に交わされた「秘密議定書」による一方的な取り決めにより、1940年、当時のソ連がバルト三国を武力で併合した。ソ連占領下で共産主義が導入され、財産も国有化される。バルト三国の国民をシベリアに強制移住させる一方、ソ連からの入植も進められることになる。約50年の経過を辿り、バルト三国はソ連から独立し、2004年にはNATOとEUに3国が加入を果たすことになる。
■ウクライナ戦争を巡る“停戦シナリオ”欧州が抱く憂慮
ウクライナが本格化させる反転攻勢の結果によって、“ロシア脅威”はどうなるのか、秋田氏は考察する。秋田氏によると、最悪の事態を招く展開は、ロシアが動員を増やすなどして、侵略を加速させ、ウクライナ守勢のままで停戦に至るケース。ロシアによる占領が固定化され、欧州各国へのロシアの脅威も拡大する。2番目のシナリオは、ロシアからの領土奪還が不十分なまま停戦する場合だ。妥協に基づく停戦は長く続かず、戦闘再開の危険性が高いと見られ、ロシア脅威の払拭には至らない。
3番目のシナリオは、昨年2月のロシアの侵略以降に、奪われた領土をウクライナが奪還し、クリミア半島の奪還にも道筋が見えた段階で停戦する場合だ。この場合でも、ロシアが軍事力を回復すれば、再侵略の恐れがあり、欧州は準戦時の緊張が続くと秋田氏は解説する。エストニアのサルム国防次官は、「ロシア軍は予備役を動員し、訓練しており、人員的には2年以内に侵攻前の水準に戻すことが可能になる。ロシア軍は装備にも再投資し、以前よりも戦力を高める。周辺国の安全保障の環境は良くなるどころか悪化していく」とロシアによる軍事的脅威に対する危機感を強調する。
■“ロシア弱体化と領土奪還”NATO戦略に潜む危険性
世界最大の軍事同盟であるNATOは、停戦後のロシア脅威と欧州安全保障にどう対峙し、戦略を構築するのか。秋田氏によると、NATOの中でも、大きく2の考えに分かれている。ひとつは、「ウクライナが勝利して終戦を迎えても、厳しい制裁などでロシアを弱体化させるべき」という強硬的な対処を軸とする戦略。もうひとつは、ロシアを追い詰めずに、「弱体化ではなく、ウクライナの領土奪還に目的を置く」という中間的な対処を柱とした戦略だ。ロシアの弱体化そのものを目的としない考えは、「ロシアを追い詰め過ぎることで、第3次世界大戦を招く危険性があるため」とされる。秋田氏はロシア軍に対して圧倒的に軍事的優位に立ち、抑止力を保つことが重要であると指摘する。ウクライナ戦争終結後の「安全の保証」の仕組みを巡るNATOの戦略を読み解き、欧州各国が抱くロシアの脅威を踏まえ、ウクライナと欧州を取り巻く安全保障の未来像を展望する。
★ゲスト:秋田浩之(日本経済新聞・本社コメンテーター)、山添博史(防衛省防衛研究所)
★アンカー:末延吉正(ジャーナリスト/東海大学教授)
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